試合中の緊迫した場面で自分の守っている所に打球が飛んできた時、大事に行こうとする選手、後ろにボールを逸してはいけまいと捕る事よりも止めに行く選手がいます。そんな彼らを観ていると、人一倍エラーも犯しやすい選手に映ります。気持ちの問題という意見も理解します。その一方で、あのプレイは本当に練習通りだったのかと、素朴な疑問が浮かびます。慎重に捕ろうとする時は、決まっていつもと違う動きをしています。
ステップや形を身体に染み込ませ、沢山のノックを受けて行く中で、守備力は向上します。練習通りの捕り方でエラーをしてしまったのであれば、致し方ありません。次は必ず捕れる様に、いつも(100%)できる様に練習を積み重ねていけば良いと思います。
低学年の選手と過ごしていると、そもそも試合慣れしていないので、練習をこなす事に慣れてしまっていると気付かされます。
練習を試合で起こるプレイ再生の場に結び付けていく上で、走塁/スライディング/バント/バッティング/キャッチボール/トスなどが、全て試合でのプレイに繋がるという意識を、少しずつ持ってもらう必要があります。また、試合そのものが常に緊迫する場所なのであれば、練習や準備の段階から試合の雰囲気に近づける事で、緊張感も持続する様になりますし、気持ちも馴染んでいくのではと考えます。
イチロー選手も言ってました。
「ようするに“準備”というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、そのために考え得るすべてのことをこなしていく、ということですね」
練習をしていないプレイの不出来を責める事はできません。だから、試合中の選手に向かって「練習通り」と言えるのは、指導する側がただ投げたりノックをこなすだけに終わらず、練習の目的を共有しながら、質を上げて量も増やす工夫を繰り返した上で、ようやく大人が掛けられる言葉だと感じます。
まぁ、拙の独り言なんですけどね…