野球ノート2

以前、野球ノートについて触れたことがありました。

野球ノート1

良い意味での自己主張

昨日なんですが、野球に関するネット記事(大谷の二刀流に続く日本ハムの新たな育成プロジェクト――センバツ優勝投手、平沼翔太の今(ベースボールチャンネル))を読んでいたら、昨年甲子園春の優勝投手の平沼翔太選手が、内野手に挑戦しているという事実を今更ながら知って驚いた次第です。でも、日本ハムは彼を内野手として指名したのだそうですね。ネット記事には、その経緯が紹介されているのですが、非常に興味深い内容でした。

スカウトが力説する。
「平沼を欲しいと思ったのは、意思の強さです。平沼に野手として獲得を考えて獲ったといったときに、こんな話をしてきました。『甲子園で10勝した選手って数えるほどしかいないんです。僕10勝2敗ですよ。それでも野手ですか』って。冗談で言っているんですけど、そういう想いが爆発力に変わるんじゃないかなと。あいつの日誌を読ませてもらったんですけど、その内容がすごく意思の強さを感じるものだったんです」
日誌には、中学から高校を卒業に向けての目標が書かれてあり、それを果たすまでの一日一日の目標設定があり、そして反省もあった。
「『福井県から全国制覇』、『150キロを投げる』、『プロ入り』という三つの目標が彼にはあった。それを達成するために、中学生の時は『月に何回腹筋する必要がある』という小さな目標を立てていて、それに対して、できたかどうか書いてありました。『今日はこういう理由でできなかった。だから、明日取り返す』。翌日を見ると『今日はできた。できるなら、最初からやろうぜ』というように。彼の意志が日誌には綴られていました」

日誌という言葉で表現されているのが、いわゆる「野球ノート」となります。チームによって色々な方針があるのでしょうが、何をやったか・感じたかをベンチスタッフに報告(日報)するだけではなく、自分自身を振り返る・奮い立たせる内容(日誌)に少しずつ変わってくれたら、指導者も喜ぶと思います。
まぁ、父兄である拙もそうで、指導者も、選手達へは「叱る」ことがどうしても多くなってしまいがちです。それはある意味致し方ないのですが、小・中学生にとってみれば、「叱られたくない・とやかく言われたくない」という感情だけが記憶され、悪循環を招く可能性を秘めています。大人にとっては、それを「何クソと感じて」頑張る姿を期待するのでしょうが、平沼選手は違います、彼の凄いところは、「叱る」というのがお父さんやお母さんや指導者じゃなくて、「自分」というところです。ある時は自分を鼓舞し、またある時は自分に暗示を掛けられる選手は、もう一人の自分を持っている様な気がします。自分に甘い選手には、まだその違いは判らないでしょうが、ある程度厳しい環境や練習に身を置いた選手に気がついてもらえたらという思いがあります。

「今日はできた。できるなら、最初からやろうぜ」という言葉、是非参考にしてほしいと思います。

まぁ、拙の独り言なんですけどね…

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