悔しさよりも苦しさ

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フォルコンズは、秋季大会決勝トーナメント進出を惜しくも逃しました。残り2戦とも1点差負けを喫し、最終戦に至っては2アウトランナー無しという状況からのサヨナラ負けという結果でした。この様な状況が2試合も続けば、選手達の誰もが涙ながらに負けて悔しいという感情を表に出しますが、この連敗に対しては単に悔しいという気持ちだけで、次に進んでほしくないなと強く感じました。これまでの経験で、悔しさとは時間が経てば薄れてしまう、その場の感情と考えるからです。出来ることなら、負けて苦しんでほしいと思います。試合に負けたとは、相手と自分にも負けたということです。

拙の小学6年生時代は、前年に学校代表として選ばれた得意の水泳を春先で辞め、やりたかった学童野球は「中学まで我慢」と親に説得され、お受験に全精力を注ぐ生活を送っていました。しかし、8月最後のテスト以降、偏差値が15も下がり、それが受験本番まで戻ることはありませんでした。(一時的に)最上級から一つ下のクラスに移籍したり、周囲の大人達から様々な手を打たれました(笑)。加えて、親や塾の先生が知り得たいのが「いつ・どれだけ成績が戻るのか」という結果のみですから、彼らから受ける心配やら重圧とは、嫌でも毎日向き合わなければなりませんでした。その日その日を頑張って少しずつ手応えを感じたとしても、下がった成績を取り戻すための機会毎週末のテストを待つ必要がありましたから、これが毎週続けば、抱く感情は悔しさから苦しさに変化します。まぁ自身の経験は、10年後の大学生時代でようやく活かされた様な気がしますね。

さて、選手達にとって、試合で悔しいプレーを取り返す次の機会は、次の週末以降に予定される試合となります。涙を伴うどんな悔しさも、数日の時間経過と共に薄らいでいきます。
先日、グランド練習におけるノックで「捕れないボールが連続して続いた」選手(息子)がおりました。練習の場ですから、何度でもやり直しが利きます。監督やコーチから叱られたプレーに対して、「次こそは…」とボールに向かう姿勢はみせていたものの、その場だけの悔しさを抱いてもすぐに捕れはしないだろうと観ておりました。そこで、本当に悔しくて何とかしたいと思うのなら、今日のグランド練習中に克服してくる様に!と伝え、様子を伺っていました。すると、捕れずに苦しいと感じた様で、休憩時間中もコーチにお願いをしてボールを打って/投げてもらうなど、自ら行動していました。
大人が与えた状況下では、どんな形であれ真面目に練習をしていますが、自分に・相手に負けたことへの苦しさを完全に打ち消すための努力と意識はまだまだ不十分に映ります。だから、1週間後も最近どこかで観た状況がお目に掛かれる訳です。

同じミスを繰り返す選手達には、負けて苦しみ、その苦しさを打ち消すため、練習と必要な努力の違いを理解ほしいですね…

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